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何不自由ない生活。


取り立てて話すようなことは無い、なんてことのない普通の生い立ちだ。 車の走る音、明るい街並み、整備された細い路地からは子どもたちの笑い声が聞こえる。小さいころからあまり変わらない景色だ。 戦隊ヒーローや恐竜が好きな、どこにでもいる普通の子供だった。 今振り返れば、何不自由ない幼少期を過ごしていたように思う。 幼稚園に入るころには、祖父に買ってもらったゲームボーイで遊ぶようになっていた。 なぜゲームをするのか、考えたこともないくらい、生活の一部だった。

小学校に上がると、休みの日は決まって友達の家に集まりゲームで遊ぶのが日常だった。友人と集まってゲームをするのが楽しかった。 僕があまりにもゲームに夢中になってしまうからか、小学校6年生のころ、スポーツ少年団で空手を習わされた記憶がある。 中学校に上がるのを機に、辞めてしまったが。

私の夢は必ず叶うと確信した

醒めた自分とプレッシャー。


ありふれた挫折だったと思う。 小学校では得意に思っていた勉強が、中学に上がった頃から、思うような成績が徐々に取れなくなっていった。 それくらいの時期から、何事に対しても熱意がない醒めた子供のように、周囲からは見えていたのかもしれない。 勉強は好きじゃなかったが、秀才だった父親からのプレッシャーもあり、高校受験は自分が行ける範囲で偏差値の高い進学校を選んだ。 高校時代も、相変わらずゲームは好きだった。 小さいころに比べればゲームへの熱量は落ちていたけれど、 友人とゲームを通して共有した時間は、僕にとって大切な思い出だ。
大学受験のときも、両親からの高い期待と強いプレッシャーを受けながらも、塾には行かず、独学で試験勉強をした。 将来はモノづくりに携われるような仕事をしたくて、工学部を選んだ。 その中でも、昔から好きだったゲーム作りを、と考えた時期もあったが、成績が思うように伸ばせず、結局受験の時は第一希望とは違う学科を選んだ。その程度の熱意だった。

結局、両親の期待に応えられた子供ではなかったなと思う。

大学も4年生になった頃、地元就職向けの企業説明会で初めてBTVを知った。 たまたま目に入って、なんとなく話を聞いた。 BTVに惹かれた理由は、地元に根ざした企業活動、地域の埋もれている魅力を取り上げて広めるのっていいな、とその頃の僕が思っていたからだ。 ケーブルテレビは地元密着の企業で、当時の志望動機と一致することもあり、BTVに入社することを決意した。

醒めた自分とプレッシャー。当時の志望動機と一致することもあり、BTVに入社することを決意した

怒涛の時代、棹さす。


僕の入社した頃、BTVはまさに怒涛の時代。 BTVで最初の配属は本社技術部、都城エリアでの勤務だった。 ちょうど西諸エリアの拡張が進んでおり、業者の管理、工事ノルマの集計、業者手配、進捗確認……碌な研修もないまま即実務。実践と失敗の連続だった。 同期と夜遅くまで試行錯誤を繰り返して、仕事を覚えた記憶がある。

それから数カ月後、志布志エリアが開局して、先輩と2人異動になった。 志布志エリアはBTVとしては初の、全域FTTH方式の光サービスエリアだ。 はじめのうちは、先輩の下で学びながら職務に臨んでいたが、 その先輩も半年足らずで本社に異動になり、1人取り残された。

―――自分でやるしかない。

先輩の助けや、ベンターの担当には機器仕様やシステムの仕組み、その他多岐にわたってFTTHのノウハウを教えてもらった。 やらなければならないことを、ただただ忠実にこなした。

そんな志布志局で4年間の勤務を経て、地元鹿児島市へ戻ってきた。 鹿児島エリアは、FTTHとは根本的な仕組みが全く異なるHFC方式という旧来のシステムでサービス展開されていたため、また一から技術を学びなおした。 HFCはFTTHと比べると、運用・保守・管理していくにあたり、厄介なことが多い。伝送路上にはアクティブ、パッシブ問わず機器が多数、それゆえ故障個所の特定にも時間を要する。 自分自身に課せられた責任を自覚して仕事をしていくうちに、いつの間にか、スキルが上がっていった。

今、鹿児島エリアのFTTH化の構想をしている。 どういうシステムを使って、FTTH化できるか練っている。 異動してから、ずっとFTTH化の重要性を訴えてきた。 鹿児島市内は光サービスじゃないと、他社には勝てない。 今のままでは時代に取り残されてしまう。 企業として生き残るために、時には抜本的な改革も必要だ。 漸く、第一歩を踏み出したところだ。

怒涛の時代、棹さす。漸く、第一歩を踏み出したところだ。

思い出と、甘味。

~OFF:写真撮影編~


風景を切り取るのが好きだ。 季節ごとに移り替わる景色を、その時の気持ちと共に一枚の写真に込めたい。 思い出を残したい。写真を撮るために遠出をすることもある。 写真を撮りに出かけた後は、カフェで甘いものを食べる時間が好きだ。

仕事をしていく中で、いくつかの資格取得に挑戦した。 いつの間にか主任という役職にも就いた。 自分の事ばかりではなく、部下の教育や相談に乗ることも多くなった。 どのように部下の自主性を促しながら、モチベーションを高めつつ業務に取り組んでもらうか、日々悪戦苦闘中だ。 目の前の責務を誠実に熟しながら、今日も地域のインフラを支え続ける。

CREATORS

創造者たち


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